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四万十川流域の文化的景観(四万十川中流区域) 2
31 向山橋(上岡沈下橋)
所在地 | 四万十町上岡 |
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管理者 | 四万十町 |
向山橋は、四万十川の両岸に拓かれた上岡集落の本村と対岸の向山とを結ぶ沈下橋である。地元では上岡沈下橋とも呼ばれている。
四万十川に架かる沈下橋は、それぞれが違った構造で架けられている。この付近は急流で、水の抵抗を考慮し曲線を取り入れた向山橋の形状は力強く、美しい。その独特の構造から、流域に架かる沈下橋の中でも個性的な橋として知られる。 国道381号線から望む向山橋は、四万十川に数多く架けられた沈下橋の中でも特に優れた意匠により川と橋が良く調和した景観で、沈下橋の建設にあたっての住民の英知と工夫を理解するうえで、重要な存在である。
架橋年度 | 昭和38年 |
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路線名 | 町道上岡3号線 |
周辺環境 | 地勢:山地、水流:急流 |
通行 | 大型車通行可 |
代替橋の有無 | 無 |
橋長・幅員 | 橋長60.0m・幅員3.7m |
橋脚 | 本数:3本、構造:鉄筋コンクリート、形状:直方体 |
床版 | 厚さ:50~120cm、天端高:10cm、形状:直方体 |
32 里川橋
所在地 | 四万十町浦越 |
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管理者 | 四万十町 |
里川橋は、昭和29年に架橋された、四万十川では3番目に古い沈下橋である。周辺の四万十川は岩が多く、洪水時には流れが一変し激流となる場所にある。
建設当初、橋脚は13本であったが、洪水で橋脚が度々流失した。そこで、中央部の橋脚を1本空けて復旧すると、以後、流出がなくなった。そのため、橋脚の幅が不均等な独特の形態をしている。里川橋は、洪水という自然の猛威のなかで、住民の英知と労力によって育まれた沈下橋の景観を理解するうえで重要である。
架橋年度 | 昭和29年 |
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路線名 | 町道里川線 |
周辺環境 | 地勢:山地、水流:普通 |
通行 | 二輪車以下通行可 |
代替橋の有無 | 有 |
橋長・幅員 | 橋長84.0m・幅員3.0m |
橋脚 | 本本数:13本(欠1)、構造:鉄筋コンクリート、形状:直方体 |
床版 | 厚さ:30cm、天端高:10cm、形状:直方体 |
33 新谷橋(茅吹手沈下橋)
所在地 | 四万十町津賀 |
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管理者 | 四万十町 |
地元では茅吹手沈下橋とも呼ばれている。この橋が架かるまでこの場所で舟による渡しが運行されていた。
四万十川中流域は、両岸に山が迫る地形で急流や岩場も多いのが特徴であるが、この付近は、流れが穏やかで河原が形成され、夏にはキャンプに訪れる場所で親水性もある。 新谷橋は、平成9年にJR「フルムーン」のポスターにも採用され、四万十川の穏やかな清流に佇む沈下橋のイメージを連想させる景観である。
架橋年度 | 昭和45年 |
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路線名 | 町道里川屋敷線 |
周辺環境 | 地勢:山地、水流:普通 |
通行 | 大型車通行可 |
代替橋の有無 |
無 |
橋長・幅員 | 橋長84.0m・幅員3.0m |
橋脚 | 数:5本、構造:鉄筋コンクリート、形状:直方体 |
床版 | 厚さ:90cm、天端高:10cm、形状:直方体 |
34 大正橋
所在地 | 四万十町大正字尾崎679-6 |
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管理者 | 四万十町 |
大正橋は、四万十町大正の四万十川から上流に約500m、支流梼原川に架かる橋である。県道窪川宇和島線の橋梁として、昭和3年3月に完成した。朱色に塗られていることから住民に「赤鉄橋」と呼ばれている。
大正(旧田野々)には、「上頭の渡し」と呼ばれる渡し場があった。これは、上山郷上分と上山下分(四万十町十和地区)及び下山郷(四万十市西土佐地区)に通じる重要な往還用の渡しであった。この橋の完成により、西土佐・宇和島方面へ自動車の通行が可能となった。 大正橋は、四万十川に沿って延びる国道381号線の橋梁として大きな役割を担い、流域の経済の流通や文化の交流・発展に大きく寄与した。 四万十川の景観と流通往来の歴史を理解するうえで重要な建造物であり、国の登録文化財に指定されている。
35 北の川口橋
所在地 | 四万十町昭和 |
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管理者 | 四万十町 |
北の川口橋は、四万十川の支流北の川に架かる橋で、この橋に平行して走っている国道381号線の旧国道橋である。高知県では、明治18年に道路百年の大計が立てられ、明治30年頃から工事が始まった県道窪川宇和島線の橋梁として建設された。
この橋は大正中期に建造された石造りのアーチ橋で、施工は高知県安芸郡の石工である堅田一族という説と、伊予の石工によるという2説がある。窪川宇和島線は、昭和50年に国道381号線となり、以後、国道橋として四万十川の上・下流域、県境を越えて宇和島間との流通・往来に大きな役割を果たした。北の川口橋は、四万十川中流域の流通・往来と道路建設の歴史を理解するうえで貴重な建造物で、国の登録文化財に指定されている。
架橋年度 | 大正中期 |
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路線名 | 町道 |
周辺環境 | 地勢:山地 |
通行 | 車輌通行可 |
代替橋の有無 | 有 |
橋長・幅員 | 石造アーチ橋 橋長18m 幅員3.4m 脚部間15m |
36 三島神社
所在地 | 四万十町昭和 |
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管理者 |
三島神社は、元は四万十川最大の中洲・三島に鎮座していた。
四万十川では、林業の繁栄とともにその流れを利用した河川流通が発達したが、岩礁や蛇行、急流域も数多くあり、危険を伴った。古来より流域の人々には、川そのものをご神体と考える風習があり、四万十川の中洲・三島には神社が祭られ、周辺流域の安全を守る神として篤い信仰を集めていた。
聖域の中洲には注連縄が張られ、その中央に三島神社が鎮座しており、四万十川を通行する筏師や舟乗りは、三島神社に向かって礼拝し旅の安全を祈ったといい、この三島は心のよりどころであり、四万十川の流通・往来の結接点でもあった。 三島神社は、明治23年の洪水で流失し、この場所に再建された。
構造 | 木造 瓦葺き 入母屋造 |
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